"いつにも持ってもらいたい。 どうすれば、荒木戸真澄の心を開く事が出来るのか、大島に着いてお墓の中に眠るお母さんの問いかけようと思った。 日付が変わるころ、船内の客室の照明は落とされたようだ。 だが、 日本二手樓 の部屋は自分たちで操作するらしくて煌々と灯ったまま。 何も考えずに、荒木戸と同じ部屋を取った俺だけど、我に返ってみれば男と女が同じ部屋だと言うことに狼狽える姿を見せて来ないあいつを不思議に思う。 ただ感情を表した点が、俺が大島までくっついて行く事を怒っただけだった。 一緒の部屋に寝る事は、お前にとってはどうでもいい事なのか? 俺は同性扱いか? それともお兄ちゃんと思ってる? 隣りを見ても、結局は壁側のベッドを選んだ荒木戸のベッドはカラのまま。 本人は部屋に設置されているシャワーを浴びている所だ。 俺がいても平気でシャワーも浴びれるほど、男扱いされてもいない俺って、この先どうやって口説いて行けばいいんだ? まず先に、俺が男だって事を認識させることが先決か? はぁ~~。 まさか、ここまで論外扱いされているとは思いもよらなかったよ・・・・・ ************ きゃ--------! ど、どうしよう!! 場の空気が気まずくて、ついシャワーを浴びて来るって言っちゃったけど、 考えてみたらこの部屋にはわたしと課長だけじゃないのよ! 満席だ!キャンセル待ちも受付終了だ!って言ってたから、ほかにもたくさんお客さんがいる錯覚だったけど、いても同じ船の中だと言うことだけで、基本的にはこの部屋の中はあたしと課長だけの二人しかいない。 課長ったら、同じ部屋でも平気で泊まれるのかしら? 自分の事を拒絶した女の事は、すでに女扱いではなくなっているのだろうか? その方が嬉しいが、わたしとしては落ち着かない。 この船に乗り込んだのも、単に大島に行ってみたかったから? わたしが行くからついでに観光気分で乗り込んじゃった? どっちにしても、わたしは気まずいわよ。 いつまでもシャワーを浴びてる訳にはいかないな・・・・ だいぶ指の先がふやけて来ちゃった。 シワシワのお婆ちゃんの指になって来ている。 頭なんて、もう2回もシャンプー、コンディショナーって繰り返して洗ってるし。 もう一回体を洗っておこうかしら・・・・・・ な、なにも期待してないからね! ・・・・・・・・・・・・・・・・・わたしったら、だれに説明しているの? 背中から回された腕が、座り込むあたしの両ひざ裏に手を入れて持ち上げられているが・・・・ 「か、課長!」 この格好は、大人が子供におしっこさせてやるような格好じゃないですか! 「ふふ、冗談だよ」 って言いながらストンと落とされたけど、そこはベッドのフチに腰掛ける課長の膝の上。 「お、重いですよあたし」 そんな場所に腰掛けるものではありません!ってお母さんに言われそうだ。 「どこが重いんだよ。風で飛ばされるくらいに軽いくせに」 そりゃ飛ばされそうにはなったけど、それとこれとは別の話だ! 膝の上から降りようとしたのに、素早く回された腕で、あたしの体は包囲されてしまっている。 クンクンと首の後ろの匂いを嗅ぐのはやめていただこうかな? あなたは犬ですか? 「荒木戸の匂いだ」 どんな匂いだよ! あ、そうか。 あたしは自宅からいつも使っているアメニティーを持って来てたんだっけ。 じゃあ、いつもと同じ匂いがしてもおかしくはないが、それがわかる課長は動物並みの嗅覚か? お、恐ろしい・・・・・ ひとり余裕の表情のあいつに、一泡吹かしてやった高揚感が渦巻いて 気分よくシャワーを浴びていられる。 ふふ! 珍しく、狼狽える姿を見せていたな。 これか? 俺にも、あいつが持ち込んだアメニティーを使っていいよって言ってたのは。 ボディーソープのふたを開けると、途端にシャワールームがあいつの匂いで充満されてしまった。 安心する匂い。 これ以外の匂いが香って来ないと言うことは、ほかに香水とかは使ってないのかな? いい匂いだ。 これに今日は俺も包まれて寝られるんだな。 一緒に寝るからって、別にあいつを襲おうとかは考えてはいなかった。 今までの俺だったら、戴ける隙があれば常に狙ってたかもしれないけど、あいつは今までの女とは違って、守ってやりたくなるような女だ。 そりゃ、抱いていいよと言われれば今すぐに抱きたいけど、あいつにそんな気持ちがあるとは思えない。 無理やり抱いたって、俺から気持ちが離れて行く一方だろうし・・・・・ 今だって、俺に対しても気持ちがないのに、更に自分から手離す事をしなくてもいいだろう。 まだまだ、ゆっくりと時間をかけて荒木戸真澄と向き合っていきたい。 知らないあいつの事を、じっくりと聞かせて欲しい。 それ程に、あいつの事を大事に考えている。 乗船は高額チケットからだったけど、下船は順番は関係ないようだ。 すでにみんなが降りてから、下船口にたどり着いた俺たちは、船の揺れに戸惑いながらタラップを降りてなんとか大島の地に足を付けた。 今まで向こうで嗅いでいた潮の香りよりも、更に潮の匂いが強い気がする。 だいぶ凪て来てたようで、夕べ乗り込んだ時よりかは風が和らいだ気がするな。 ほかの乗客は、迎えに来た人に連れられて駐車場に向かう人、バスやタクシーにでも乗るのか、まっすぐと屋根付きプロムナードを進んで行く。 「行きましょうか」 荒木戸も、まっすぐプロムナードを進むようだ。 「ここからはバスか?」 どこに向かうのかも地理的に無知だし、交通手段だってほかにあるのかも知らない。 「タクシーにしましょうか。その方が手間が省けそうですし、荷物もありますし」 俺が肩に担ぐ荷物の事を気にしているようだ。 屋根付きが終わると、左に視線を向ければレンタカー会社が客の勧誘している姿が見えた。 「荒木戸。レンタカーにしないか?」 こっちの方が、自分の思い通りに行きたい所に行けるしと提案すると 「わたし、無免許で捕まりたくないです」 困った顔をするこいつに 「だれがお前に運転させるって言ったよ。俺だって大島にまで来て捕まりたくない!」 離島の刑務所生活なんて・・・・ それよりも、俺自身が納骨されそうだよ! 男女に分かれて、俺も高い料金分の元を取ろうと、いろいろある風呂を全部堪能しちまった。 あれだな。打たせ湯って気持ちがいいな。 つい、親父のように唸っちまったぜい! たっぷりと時間をかけて風呂に入って、大きな畳の部屋に入ると、出て来たばかりなのか、体から顔から頭からと湯気が出てそうなくらい逆上せている荒木戸がいた。 「お待たせ。俺よりも早かったんだな」 普段、表情が変わらないのと同じく、顔色も変わったところを見た事がない。照れて赤くなるとか、怖がって青くなったりとかは一度も見た事がないが、やはり人間だったようで、逆上せると赤くはなるようだ。 「何か飲むか?」 おそらく、ここが民宿か自分の家だったらダイブして横になっていたいくらいの心境だろう。 「お、おおおおおお、お願いします」 何気に余計に""お""を多く言われたが、すなおに早く買って飲ませてやろうと聞き流した。 優しい俺は水のペットボトルのふたも開けてから差し出してやると、それを奪うように掻っ攫ったあいつはゴクゴクと喉を鳴らしながら一気飲みして行く。 あぁ・・・・。俺も風呂上がりのビールを飲みてぇ・・・・・ レンタカーなんて借りなければ飲めたのに・・・・・ 今朝の俺、なんて余計な事をしてくれたんだよ! 先ほどは称賛した心の中の俺も、今ではレンタカーに手をつけた自分を罵っていた。 不審げながらも、言われた通りに""そこ""に車を停めさせてもらうと、車から降りた荒木戸が 「おばちゃ~ん!車、停めさせて-----!」 と、家の中に向かって叫ぶと、中からは 「ど~お~ぞ~」 と、外を窺うこともなしに同じような叫び声で返事が戻って来た。 おいおい!庭に他人が勝手に車を停めても怒らないのかよ! 俺が代りに怒っちまうよ・・・・・ 許しを得た荒木戸に連れられて、道反対の墓地に向かうが、墓地の入り口辺りではオバちゃん達が屯している塊をあちこちで見かける。 その横を通り過ぎるたびに 「風が止んで良かったねぇ」とか言いながら通り過ぎる彼女は、みんなと知り合いなのかと思ってたけど 「知らない人ですよ。でも、もしかしたら小さい頃に会ってたかもしれませんけど」 平然と知らない人に親し気に話しかけていたようだ。 普段は会社の中でのこいつしか知らない俺は、軽くショックを受けている。 知らない面を知れた嬉しさはあるが、どっちが荒木戸真澄なのかの戸惑いも生まれる。 いや。 どっちも荒木戸真澄なんだろうな・・・・・・ ここでは表情を繕わないのか、それとも繕いたくないのか素の荒木戸真澄の姿だった。 時間通りに墓まで来てくれた寺の住職と、俺と荒木戸の3人しかいない納骨も無事に済ませ、午後の船の時間まではまだ余裕がありそうだ。 「島一周する時間は残ってませんけど、どこかに行きますか?」 急に言われて思いつくものでもないと思っていたが、たしか、伊豆大島って・・・・・